人が入り込めない狭い天井裏でも「工事前の3Dスキャン」に成功
Customer Case Study - 事例
総合エンジニアリング企業の東洋熱工業株式会社(以下、東洋熱工業)は、 2013年から3Dレーザースキャナーと BIM の連携に取り組み、リニューアル案件における現地調査、現況図・施工図作成に至る一連の作業を大幅に効率化してきた。さらに2018年、ライカジオシステムズの世界最小3Dスキャナー「Leica BLK360」を追加導入。これまでは、工事が始まって天井を落とさないと現況把握ができなかった天井裏まで、工事開始前に3Dスキャンすることが可能になり、画期的な業務プロセス改革に成功した。
3Dスキャナー /BIM 連携で「リードタイム 75% 短縮」を達成
首都圏は今、 2020 年の東京オリンピックに向けて、関連施設・周辺ホテルなどの新築ラッシュを迎えている。
オフィスビル・病院・交通施設などの空調衛生設備の設計・施工・アフターメンテナンスを手掛けて、創業80 年以上の歴史を誇る東洋熱工業でも、空調設備の新設案件があふれて、受注しきれないほど忙しい。
「とにかく人が足りません。『人手作業を減らして、仕事の信頼性を落とすことなく業務効率をあげる』というのは業務改革の理想ですが、一朝一夕でできることではなく、非常に大変です」と、東洋熱工業株式会社工務技術部 CAD 課 担当次長 渡邉秀夫氏。
長い歴史を通じて「技術の東熱」と呼ばれてきた同社であるだけに、 3Dレーザースキャナーを活用した業務効率化には、業界に先駆けて 2013 年から取り組んできた。ビルの空調設備をリニューアルする場合、スケッチブックとスケールを持って現場採寸に行くところから仕事が始まる。竣工から 20 年~ 25 年を経たビルは、保管されている設計図や施工図からかけ離れた状況になっていることが多いからだ。
しかし人手による計測とスケッチでは緻密な現況把握が難しい。測り忘れも生じる。これまでは 20 回も 30 回も人が足を運び、現況図作成だけで数カ月かかっていた。現場採寸を効率化して、現況図作成までにかかる時間を短縮したい。
渡邉氏は、当時、同社の技術研究所に所属していた石野貴広氏に支援を頼み、 3Dスキャナーで計測したデータを自動点群処理して 3D モデルを生成し、BIMツールに取り込んで現況図を作成する流れを確立した。
「まだ試行錯誤している最中でしたが、現況調査に 4人がかりでも 2カ月以上かかると予想される案件を、どうしても 1 週間で現況図作成まで完了したいと相談されました。従来ならギブアップのケースです」と渡邉氏。思い切って、 3Dレーザースキャナーを使って挑戦したところ、 1 週間から10日で作業が完了した。しかも出来上がった現況図は、顧客が納得するほどの品質を達成できたのである。
以来、 4 年以上かけて、約80 件の実績を重ねてきた。現地調査から図面作成・計画提案までの一連の作業の省力効果は、「作業時間75% 短縮」を達成している。
現時点で「作業時間(日数)の75%削減」を達成した。
天井裏の 3Dスキャンを実現した BLK360
リニューアル案件における 3Dレーザースキャナーから BIMまでの連携は、発注者、ゼネコン、設計事務所から高く評価されている。同時に、「オープンスペースはずいぶん効率があがったけれど、天井裏ができないね」という指摘も受けるようになった。
天井裏は、リニューアル工事が実際に始まり、天井をすべて撤去してからようやく、計測・現況図作成を行うのが通常だった。空調機器を設置した場所などは、「点検口」が設けてあるが、これは人が顔を入れられる程度の大きさしかない。天井を全て撤去する前に人が入り込んだり、計測したりスケッチしたりすることは極めて難しいのだ。
しかし、工事がすでに始まったのに、天井部分だけ、現況図・施工図作成、施工計画立案に、後から 1カ月もかけるのは時間ロスが大きすぎる。工事全体が遅れる原因にもなる。「天井裏がどうなっているか、事前に知りたい」という要求はきわめて高かった。
「2017 年、『世界最小・最軽量の 3Dレーザースキャナー』がライカジオシステムズから発売されたと聞いて、さっそく検証してみることにしました。 BLK360 のデモ機を借り、当社の既存機器と比較実験をして、精度を実地確認したのです」と、現在は設計部副参事の石野氏は語る。
東洋熱工業自社ビルの屋上機械室を対象に、 BLK360でスキャンを行い、点群データを取得した。その結果、 BLK360 はカタログ値を上回る精度が出ており、 BLK360 の数倍の価格であった既存機器と比較しても、「同等の精度」であると評価された。計測データの合成しやすさもまったく遜色ない。しかも BLK360 は驚くほどコンパクトで機動力がある。高さ 20cmしかない天井裏でも計測可能だ。重量わずか 1kgであるから、天井まで 1人で持ち上げて設置することも楽にできる。
東洋熱工業は、 2018 年、 BLK360を導入した。
東洋熱工業自社ビルの屋上機械室を計測して、BLK360 の精度を実地検証
「計測の基本操作遵守」で点群データ合成を容易にする
BLK360 はまず、リニューアル案件の天井裏スキャンで利用した。当初のねらいどおり、工事を始める前に、現況図、施工図、施工計画を作成できて、成果は上々である。
初めての運用であるため、工夫したこともいくつかある。
ひとつは、天井上に BLK360、天井下には既存機器を置き、後から天井上と天井下の点群データを合成して、死角ができないようにしたことだ。
またこの案件は、点検口から顔を入れて天井裏を見渡すと、梁(はり)が下方まで設置されている箇所があり、スキャンできない領域があることがわかった。そこで顧客に許可を得て、正確かつ最小限に天井に穴を開けて(作業後は簡単に仮復旧)計測位置を増やすことで、天井裏全体の 3Dスキャンに成功した。
「計測データの精度を高め、後処理作業を短縮するには、『基本を守る』ことが大切です。狭くて苦労しましたが、基準点には必ずターゲットを置きました。また、 BLK360 は床に直置きもできるのですが、できるだけ三脚を使って水平精度を担保しました」と渡邉氏はノウハウを明かす。
BLK360でスキャンした計測データは、自動点群処理ソフト「InfiPoints」(株式会社エリジオンの製品)に取り込み、平面・配管を3次元形状で自動抽出して、 3D モデルを生成する。これを、 BIM対応設備CAD「Rebro」(株式会社 NYKシステムズの製品)に取り込むことで BIM 連携を実現して、施工図や施工計画書が自在に作成できる。この流れは、既存機器で開発してきたプログラムをそのまま BLK360でも適用している。
天井裏が事前に計測できるようになり業務プロセスが大きく変化
施工中・施工直後のチェックにも BLK360 の活用領域を拡大
BLK360 の導入により、天井を落とす前に、現況図を作成し、施工の事前打ち合わせをするという、画期的な業務の流れを作ることができた。「工事前の天井裏3Dスキャン」という新しいプロセスが実行可能になり、業務プロセス改革を実現できたのだ。
いままでは人数を増やしたり、残業や徹夜で対応するしかなかった天井裏調査の作業が、「3Dレーザースキャナーと BIM 連携」の輪の中に入り、効率化できた。 BLK360 の導入は、 3Dスキャンが、リニューアルにおけるリードタイム短縮のみならず、「工期全体の短縮」にもつながっていく可能性を拓いた。次の目標は、 BLK360 の適用範囲拡大である。
リニューアル工事の場合は、天井裏に限らず、オープンスペースでも、狭い場所や小さい物件で活用していきたい。既存機器は 4人で組んで 2 台を動かすのが基本形だが、BLK360であれば、 1人でバッグをかついで電車に乗って現場へ行くこともできるのだ。
また、「ボタンを押すだけの簡単操作」という BLK360 の特長を活かして、施工現場で工事作業者が使うことも検討している。
「施工中・直後の現場で計測した 3Dスキャンデータを使って、施工図とのギャップ比較ができれば、施工効率が上がる場面はたくさんあります。たとえば、排水管には必ず勾配が必要です。現在は施工直後にスケールで傾斜度を測って確かめていますが、床面に段差があったり、気づきにくい床の勾配があると、配管の勾配測定でレベルを間違えるなど苦労しています。BLK360を施工現場で活用すれば、業務効率をあげつつ、仕事の信頼性を高めることに役立つはずです」と渡邉氏は語る。
一方、石野氏は、「3Dスキャンや AR の実例を見せると、就職活動中の学生はもちろん、社内の若手も高い関心を示します。こういう新しい技術は、若年層のものづくりへの意欲をかきたてる効果もあるようです」と、新しい視点を指摘してくれた。
コンパクトな BLK360 には、「技術の東熱」の魅力を若い人材にアピールし、エンジニアリング業界全体のイメージアップを図るという大きな役割も期待されているのである。